うつ病と乾癬性関節炎な私

病気だけど子供と二人で楽しく生きるよ ~身寄りのない親子の物語り~

まずは前回の続き…決意

こんばんは☽

前回は、首のねん挫のお話で終わってしまいました。

そして、決意 を書く前に色々と情報が足りないのでは??

と、気付いてしまったnonです(~~;

 

~身寄りのない親子の物語り~

とサブタイトルなみに書いてありますが、我が家は小学生の息子と私の二人暮しです。

息子には「祖父母」という存在はおりません。

せめて、年に一度連絡を取るかどうかの私の従姉妹のお母さん(伯母?)が一人いてくれるだけです。伯母も近所に住んでる訳でもないので会う事もありません。

ですので、本当に二人っきりで右も左も分からない様な世の中を生きている状態です(苦笑)

 

私は、10代の内に家を出て色々アルバイトやパートをしながらギリギリ生き延びてきました。よく分からない状態で引きこもる事や苦しくなる事等はありましたけど、その頃は自分が「精神疾患」を患っているなんて思いもしていなかったので、仕事を見つけては引きこもり仕事ができなくなり家にこもり、食べるものも電気もガスも無くなりそうになれば、また必死に仕事を探して…

そんな風に生きてきて、二十歳を過ぎたころに初めて心療内科

それからは、パニック障害や不安神経症と診断されましたがなにせ仕事が続かない。

なので、通院も難しく治療は続かず…そんな時にしばらく振りに続けられる仕事がみつかり治ったのかと思ってましたが、たまたま環境が良く調子が良かったのでしょうね。

そこで仕事を続けながら結婚をし妊娠をし、また妊娠を機に仕事を辞め(前回の妊娠で流産を経験した為、大事をとって辞めました。)そして息子を出産。

ずっと調子が良かったのか、それとも幼いころから子供の面倒をみる様な環境だったからか産後鬱を経験する事もなく少しの間、赤ん坊の息子と楽しく過ごす事ができていました。

 

そして、息子が一歳になる前に離婚。

息子と二人、役所の方の勧めもあって生活保護を申請することになりました。

最初は、すぐに保育園を探して仕事を探そうと決めていました。

しかし、その思いは生活保護を決定するかどうかの最初の家庭訪問の時点で崩れていきました。

確かに、仕事を始めたらもしかしたらまた精神的におかしくなるかもしれない。という予感はありました。なので、今度なったら息子の為にもキチンと通院しよう!と決めていたのですが…

それ以前の問題だったようで…申請が通る前から発作の嵐でした。

当時、審査の為に訪問に来て下さった担当の方が

「まだ正式に決まってはいませんけど、申請している事を病院に伝えて受診した方がいいんじゃないですか?」

とご心配頂く程でした。

そんな生活のスタートだったので、仕事を探す以前の問題で健全な生活が送れるかどうかという感じでした。

それから現在に至るまで、ずっと薬漬けです(笑)

それでも、なんとか規則正しいリズムと食事で息子の幼少期は笑顔で過ごせてました。

 

その後、紆余曲折すったもんだがあって今住んでる所へ引っ越してきたのですが

すったもんだが悪かったのか、紆余曲折が悪かったのか越してきてわずか数カ月で我が家はゴミ屋敷…ならぬゴミ部屋になってしまったのです。

6年間住んでる内のきっと3年位は、床もまともに見えない様な部屋だったと思います。

今もまだ人様のお宅の様な整理整頓☆彡ピカピカ☆彡といえるには遠い状態ですが、昨年からヘルパーさんに来て頂いているのと、少し調子が上向きになってきている事で改善に向かっています。

昨年から、ようやく少しずつですがまともな生活に近づいているかと…

もし、越してきてからもずっと家にこもっていたら息子と過ごすこの生活は無かったかもしれません。

私は、引っ越してきた翌年に「精神障害者 3級」に認定され障害者になっていました。そんなこんなでいつの間にか「うつ病」と診断されてしまいました。

ただ、その事で少しだけでも何か軽くなったのか、初夏には息子が保育園へ

私は秋には、就労継続支援(福祉)の事業所へ通所出来る事になり今年の秋で5年になります。時間は短いですがお給料を頂いています。

ずっと家にいるのはやっぱりどうしても性に合わない様で、良くも悪くも外と関わりがある方がいいんですね。

流石に5年間も同じ所で働いていた事がないので、結構な自信にも繋がっている気がします。

これが、誰も特には知りたくも無い様な私のうつ病までのお話です(苦笑)

うつ病やその他の原因は、思い当たる事はいくつかありますけど…長くなりすぎるので省きます。

 

事業所へ通所し始めたころは、多少の力仕事もしていたんですが一年も経たないうちに今度は「乾癬性脊椎関節炎」という病名までプラスされてしまいました。

これは、本当に思いもよらない大ショックな出来事でした。

肩コリが少し酷いのと、腰痛があるのかな?程度で

たまに上半身の背中側が広範囲で痛くなるようになり、触ったら痛い様な?皮を伸ばしたら痛い様な?なんとも言い表せない状態が起こるようになって、何事???とネットで病院調べて受診したら見た事も聞いた事もないこの病名をいただいたのでした。

最初に言われたのは「治らない」でした。

それからというもの、

乾癬はないけどいつか乾癬が現れるのか?

いつ関節が破壊してしまうのか?

いつ歩けなくなってしまうのか?

私は働く事もできないのだろうか?

子供はどうしよう?

他にも、本当に沢山の不安を今日まで抱えてきました。

今も、勿論。不安を払拭する事はなかなかできません。

良かった事は、ドクターショッピング(?)をしなくて済んだ事です。

そして、何度か主治医に、乾癬ではないですか?と皮膚を見せた事もありました。

答えは「NO」

 

。。。でしたが、昨年、乾癬の友の会(?)というのを知り

参加自由との事だったので、今後の為にもと参加させていただいたのですが

そこでお話をされていた皮膚科の先生に好印象を抱いた私は、事業所のスタッフさんに相談して受診してみる事にしたのです。

そうするとどうでしょう…皮膚を見て「乾癬だね」と…

どうやら、結構前から乾癬を発症していたようです。

自分の中で「乾癬じゃないよ」と言われる事を期待していた部分もあって、ハッキリして良かった気持ちとあなたの病名は間違っていないよと肯定されてしまった様で残念な気持ちが入り交ざって、複雑でした。

 

今日もまた、長くなってしまいました(汗)

 

 

きっと、一番大変なのは

私ではなく、うつ病でママ友が作れない、喉が弱く鼻も良くなくて味覚障害中のドライアイで、乾癬性関節炎ですぐ身体が痛くなって参観授業の間立ってる事もできなくてetcっていう母親をもった息子が一番大変なんだろうな。。。

 

 

最後まで読んで頂いてありがとうございます。

また、更新します。